生まれた。おいしい国で おむすびの 僕は
#ネタ
#ショートショート
仕事帰りの夜。ファミマの自動ドアに触れようとした瞬間、
風にめくられたのぼり旗が視界を切り裂いた。
おにぎりを頬張る大谷翔平の横顔。
その脇の縦書きコピーは裏返って左右反転しているのに、
行が整然としているせいか、驚くほどすんなり読めた。
生まれた。
おいしい国で
おむすびの
僕は
――炊きたての湯気の中で、今まさに目を覚ました“彼”を思う。
「どこで生まれたの?」
「おいしい国で。」
魚が豊かで、水が甘く、海苔が黒く香ばしい。
味噌汁の湯気に混じって漂う匂いの中で、
彼は誇らしげにそう名乗った。
そして締めくくる――
おむすびの 僕は。
まだ形を持たない白い粒が、胸の奥で静かに名乗りをあげる。
きっと明日になれば、旗は正面を向き直り、
コピーはいつもの販促文へ戻っているだろう。
私は、今夜だけのこの出会いをそっと胸ポケットにしまった。
背中越しに感じる風。
語られることのない未来を語るように、旗は静かに揺れていた。