[SS]勇者の剣

#ショートショート

むかしむかし、とある村に「勇者の剣」とよばれるふしぎな剣があらわれました。

村人たちはその剣を見て大さわぎしました。
「この剣さえあれば、どんな魔物も退治できるぞ!」
「わたしたちの未来は安泰だ!」

みんなで交代で握ってみましたが――剣は重くてすぐに刃がゆがみ、空を切るばかり。
ときには誤って自分の足を切ったり、仲間を傷つけてしまうこともありました。

なぜなら、この剣はほんとうの勇者でなければ使えない代物だったからです。
けれど村には勇者などいません。だれが持っても、ただの鉄の棒でした。

それでも村人たちはこう言いつづけました。
「未来を変えるのはこの剣しかない!」
「剣で切れないのは持ち方が悪いからだ!」

剣を振るって血を流しても、誰ひとり疑う者はいません。
包帯を巻きながら、「次こそ正しく振れるはずだ」と歯を食いしばり、
転んで涙を流しながらも、「きっと剣がわれらを救う」と信じてやみませんでした。

こうして、だれにも使えない剣をありがたがり、
傷を増やしながらもてはやす村の時代がつづいたのでした。

そして、ついに魔物の群れが村をおそってきました。
村人たちは勇者の剣をふるいましたが、刃は空を切り、仲間を傷つけ、村は焼かれてしまいました。
村は滅び、剣だけが焼け跡に残りました。

時がたち、旅の鍛冶師たちがその剣を拾いあげました。
「なるほど、この剣は重すぎるのだな」
「ここを削ればもう少し軽くなる」
「ここを補強すれば折れにくくなる」

鍛冶師たちは工夫をこらし、剣を少しだけ扱いやすくしました。
それでも、ほんとうの勇者でなければ使いこなせないことに変わりはありません。

やがて剣は、遠くの村へと運ばれました。
村人たちは目をかがやかせ、口々に叫びました。
「この剣さえあれば、どんな魔物も退治できるぞ!」
「わたしたちの未来は安泰だ!」